オランダは起業家精神を重視する国として知られ、特に日本人には個人事業主ビザ(Dutch-American Friendship Treaty)という有利な制度があります。本記事では、オランダで実際に起業し、20年以上ビジネスを運営してきた経験から、起業準備から事業運営まで実践的なアドバイスをお届けします。
目次
1. オランダの事業形態と選び方
オランダで起業する際、まず決めるべきは事業形態です。日本人起業家の多くは個人事業主(Eenmanszaak)から始めますが、事業規模や責任範囲に応じて適切な形態を選ぶことが重要です。
個人事業主(Eenmanszaak)
メリット
- • 設立が簡単で費用が安い
- • 意思決定が迅速
- • 税制優遇措置あり
- • 管理負担が少ない
デメリット
- • 個人資産も責任対象
- • 信用力が限定的
- • 事業譲渡が困難
- • 共同経営不可
適している人:フリーランサー、コンサルタント、小規模サービス業
有限会社(BV)
メリット
- • 有限責任
- • 高い信用力
- • 投資家からの資金調達可能
- • 事業譲渡・売却が容易
デメリット
- • 設立費用が高い(€500-1000)
- • 管理負担が大きい
- • 年次報告義務
- • 配当税がかかる
適している人:成長志向の事業、複数人での共同経営、リスクの高い事業
個人事業主ビザ(DAFT)利用者への注意:
DAFTビザで滞在している場合、最初の2年間は個人事業主として活動する必要があります。BVへの変更は可能ですが、ビザ更新時に説明が必要です。
2. 商工会議所(KvK)への登録手続き
オランダで事業を始めるには、商工会議所(Kamer van Koophandel)への登録が必須です。この登録により、KvK番号を取得し、正式に事業を開始できます。
登録手続きの流れ
オンライン予約
KvKウェブサイトで最寄りのオフィスに予約を入れる
必要書類の準備
- • パスポート
- • 居住許可証(verblijfsvergunning)
- • 事業計画書(簡単なもので可)
- • 住所証明(賃貸契約書など)
面談・登録
担当者と面談し、事業内容を説明(英語対応可)
登録費用支払い
€75(2025年現在)をその場で支払い
KvK番号取得
その場でKvK番号と登録証明書を受け取る
登録時に決めること
- 事業名(Handelsnaam):個人名でも屋号でも可
- 事業内容(SBI-code):主な活動内容を選択
- 事業所住所:自宅でも可(賃貸契約を確認)
- 開業日:実際の活動開始日
3. ビジネス銀行口座の開設
KvK登録後は、ビジネス専用の銀行口座を開設します。個人口座との分離は、会計管理と税務申告のために重要です。
主要銀行の比較
銀行 | 月額費用 | 英語対応 | 特徴 |
---|---|---|---|
ING | €7-15 | ◎ | 大手、サポート充実 |
ABN AMRO | €8-20 | ○ | ビジネスツール豊富 |
Rabobank | €6-15 | ○ | 地域密着型 |
bunq | €3-18 | ◎ | オンライン専業、柔軟 |
口座開設に必要なもの
必須書類
- • KvK登録証明書
- • パスポート
- • 居住許可証
- • BSN番号
追加で求められる場合
- • 事業計画書
- • 収入見込み証明
- • 既存の取引先情報
- • 個人の銀行取引履歴
4. 税務登録と納税義務
重要:
オランダの税務は複雑です。初年度は税理士(belastingadviseur)の利用を強く推奨します。費用は年間€500-1500程度ですが、節税効果と安心感を考えると投資価値があります。
主な税金の種類
付加価値税(BTW)
標準税率:21%
軽減税率:9%(食品、書籍など)
ゼロ税率:0%(輸出など)
小規模事業者制度(KOR)
年間売上€20,000以下の場合、BTW免除申請可能
所得税(Inkomstenbelasting)
年収 | 税率(2025年) |
---|---|
€0 - €75,518 | 36.97% |
€75,518以上 | 49.50% |
※個人事業主は各種控除により実効税率は低くなります
個人事業主の税制優遇
-
起業家控除(Ondernemersaftrek):
年間€5,540の控除(週16時間以上事業に従事する場合)
-
スタートアップ控除(Startersaftrek):
開業から3年間、追加で€2,123の控除
-
中小企業利益免除(MKB-winstvrijstelling):
利益の13.31%が非課税
5. 会計・記帳の基本
適切な記帳は税務申告の基礎であり、事業の健全性を把握するためにも重要です。オランダでは、すべての事業者に記帳義務があります。
記帳の基本要件
保存すべき書類
- • すべての請求書(発行・受領)
- • 銀行取引明細
- • 契約書
- • レシート・領収書
- • 給与明細(従業員がいる場合)
保存期間
- • 一般的な書類:7年間
- • 不動産関連:10年間
- • デジタル保存も可能
- • 税務調査に備えて整理
おすすめの会計ソフト
Exact Online
オランダ最大手、機能充実
料金:€15-50/月
特徴:税理士連携◎
Moneybird
使いやすさ重視
料金:€12-24/月
特徴:初心者向け
InformerOnline
コスパ重視
料金:€10-20/月
特徴:基本機能充実
6. 必要な保険と社会保障
個人事業主は会社員と異なり、多くの保険に自分で加入する必要があります。リスク管理の観点から、適切な保険選びは重要です。
必須の保険
-
健康保険(Zorgverzekering):
全居住者に加入義務。月額€130-200程度
-
賠償責任保険(AVP):
個人の賠償責任をカバー。月額€5-10程度
強く推奨される保険
-
職業賠償責任保険(Beroepsaansprakelijkheid):
業務上のミスによる損害をカバー。年額€300-1000
-
就労不能保険(AOV):
病気・けがで働けない場合の収入保障。月額€50-200
-
法的支援保険(Rechtsbijstand):
契約トラブル等の法的費用をカバー。月額€20-40
年金について:
個人事業主は国民年金(AOW)のみで、企業年金はありません。老後資金は自分で準備する必要があります。年金積立商品(pensioensparen)の利用を検討しましょう。
7. 日本人に適したビジネスアイデア
オランダで成功している日本人起業家の事例を基に、日本人の強みを活かせるビジネスアイデアをご紹介します。
日本文化・言語関連
- • 日本語教室・オンラインレッスン
- • 日本文化ワークショップ(茶道、書道、折り紙)
- • 日本食レストラン・ケータリング
- • 日本製品の輸入販売
- • 和食料理教室
専門スキル活用
- • IT・ウェブ開発
- • グラフィックデザイン
- • 翻訳・通訳サービス
- • コンサルティング
- • オンラインマーケティング
日蘭ビジネス橋渡し
- • 貿易・輸出入サポート
- • ビジネスコーディネート
- • 市場調査・進出支援
- • 観光ガイド・ツアー企画
- • 不動産仲介(日本人向け)
オンラインビジネス
- • Eコマース(日本商品販売)
- • コンテンツ制作(YouTube、ブログ)
- • オンラインコーチング
- • デジタルマーケティング代行
- • SaaS・アプリ開発
成功事例から学ぶポイント
- ✓ 日本人としての強み(品質、サービス、信頼性)を前面に
- ✓ 現地のニーズをしっかりリサーチ
- ✓ オランダ人の価値観(効率性、直接性)を理解
- ✓ 最初は小さく始めて、徐々に拡大
- ✓ ネットワーキングを積極的に
8. 成功のための実践的アドバイス
1. ネットワーキングの重要性
オランダでは人脈が非常に重要です。以下の方法で積極的にネットワークを広げましょう:
- • 商工会議所のイベントに参加
- • 業界団体や起業家コミュニティに加入
- • LinkedInを活用した繋がり作り
- • 日本人コミュニティとの交流
- • コワーキングスペースの利用
2. オランダのビジネス文化への適応
重視される価値観
- • 時間厳守
- • 直接的なコミュニケーション
- • 効率性
- • ワークライフバランス
- • 平等性
避けるべきこと
- • 曖昧な表現
- • 階層的な態度
- • 長時間労働の強要
- • 過度な謙遜
- • 約束の反故
3. 財務管理のコツ
-
•
キャッシュフロー重視:
最低3-6ヶ月分の運転資金を確保
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•
税金の積立:
収入の30-40%を税金用に別口座で管理
-
•
定期的な財務チェック:
月次で収支を確認し、問題を早期発見
4. 言語の壁を乗り越える
英語で十分ビジネスは可能ですが、オランダ語ができると信頼関係構築に有利です:
- • 基本的な挨拶と自己紹介はオランダ語で
- • 重要な契約書は必ず英訳を依頼
- • ビジネス用語の基礎は押さえる
- • 言語交換パートナーを見つける
よくある失敗と対策
→ 最低でも1年分の生活費+事業資金を準備
→ 初年度から税理士を活用し、適切な申告を
→ 最低3ヶ月は現地でリサーチしてから起業
→ オランダの物価水準に合わせた適正価格を
まとめ
オランダでの起業は、適切な準備と現地文化への理解があれば、日本人にとって大きなチャンスとなります。個人事業主ビザ(DAFT)という有利な制度を活用し、日本人としての強みを活かしたビジネスを展開できます。
重要なのは、オランダのビジネス文化を理解し、現地のニーズに合わせたサービスを提供することです。また、税務や法務などの専門的な部分は、初期段階から専門家のサポートを受けることをお勧めします。
起業は決して簡単な道のりではありませんが、オランダの開かれたビジネス環境と、日本人起業家を支援する制度を活用すれば、成功への道は開けています。一歩ずつ着実に進んでいきましょう。